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デート パートU

 こんな事をいうと怒るかもしれないが、主人とのデートは病院巡りでつまらない。しかも、せっかくデートだというのに病院の食堂でランチだ。
今回は、ピチピチの若い子にしよう。
待ち合わせ場所は、大阪の中心地『梅田』で。どんな服装で来るんかな〜。私と会う事を喜んでいるのかな?近くに住んでいるのになかなか会えない。そろそろ転勤とも言っていたな、と、いろいろ思い巡らして時計を見れば、約束の時間迄にはまだ30分もある。電話をしてみると、「電車の中っ」と、つれないお言葉。待ち焦がれていると、来た来た! 私は満面に笑みを浮かべて手を振る。
「お母〜さん もうっ早すぎ!」と、娘のマコ。「またそのサマーセーターを着てるん?」とも。
「だってこれはマコからのプレゼントだし、気に入ってるもん」と私。
御堂筋線の地下鉄に乗った。
私のリクエストに答えて、北欧グッズの店、『IKEA 』へ付き合ってくれることになったのだ。
「二人で地下鉄に乗るなんてすご〜く久しぶり、いつも車だもんね」
「う〜ん、あの、ニューヨーク地下鉄事件!?以来かも」
「そうそう、あの時は焦りまくり!!」と、顔を見合わせて笑い転げた。

 15年ほど前になるだろうか、彼女の留学先だったホストファミリーや、私の友人たちを再訪する旅を二人でしたときの事だ。ミネソタ アイオワ シカゴとホームステイをし、最後の訪問地ニューヨークで、だった。
毎日、友人宅から地下鉄に乗って、ブロードウエイ・ミュージカルを見に行った。『ミスサイゴン』『コーラスライン』『42nd St 』etc...は昼間のチケットが購入できた。が、『レ・ミゼラヴル』だけは夜になってしまった。
夜は、治安が悪い。でも、世界からの観光客が集うブロードウエイ界隈はまずまず安全だけれど、見終わったらすぐ帰宅しなさいよと、友人に言われた。
眠らないニューヨークの夜は、地下鉄の乗客相ががらりと変わる。ヒスパニック系の人々でごった返し、我々、日本人親子は浮いた感じだった。
シアター近辺は、昼間何回も来て勝手が分かっていた場所だけれど、念のため、帰りに乗る地下鉄の乗降口を確認しておいた。
 
 さて、観劇後、興奮冷めやらぬまま時計を見ると、おおっ 11時だ! 出口に急ぎたいのになかなか人の列は動かない。11時30分だ! しかるべき所も行っておきたかった。ここも長蛇の列で用を済ませたら12時になってしまっていた。
走りに走り、確認しておいた地下鉄の乗降口に来たら、な、なんと! 太い鎖でがんじがらめに閉鎖されているではないか!!
あっちかもしれないこっちかもしれないと、夜のニューヨークを右往左往していたら、午前1時近くになっていた。
お腹はぺこぺこ。喉はカラカラ。油汗にまみれながらやっとの思いで見つけた乗降口に駆け下りて、お互いを見合ったらそれはそれはひどい姿だった。
問題はまだ続くのである。待てど暮らせど、我々が帰りたい場所行きの電車が来ない。
聞きたくとも、日本のように駅員さんがいるわけでもなく、酔っ払いや、訳の分からない若者がたむろしていて怖くて聞かれない。親切そうな女性が来ないか待ち続けた。やっとである、こんな真夜中の2時だというのに、3歳くらいの女の子を連れた夫婦に出会えた。
 マコが、地図を見せて行きたい場所を示し、聞いた。
その夫婦は、地図を見たまんま無言で考え込んでしまうので、不安になり、答えが出るまでの数分間がどれだけ長く長く感じたことか。
ついに出た言葉が、「このラインはダイレクトに行かない」と言うのだ。どうも、夜の12時を過ぎると路線変更になるらしい。地図を指差して、「この小さい駅で乗り換えるんだったら今来た電車でOK」「こっちの大きい駅では、2箇所乗り継ぎが必要だ」と、言われた。
「深夜営業の店で、朝になるまで待った方が・・・」と、私はもう半泣きだった。
「いや、デービット達が心配してるから帰ろ、大っきい駅なら大丈夫だと思うから」と、マコの一言で行動決行。私は彼女にしがみついて電車に乗り、娘をとても頼もしく思った。
幸いにも、大きい駅は、日本では絶対に有り得ない深夜の仕事帰りの人々のラッシュアワーで、我々は無事に帰ることが出来た。友人に、こぴっどく叱られたのはいうまでもないが・・・。

 こんな思い出話をしてるうちに、『IKEA 』に到着。
ここに来たからといって、別に買いたい物があった訳ではない。ただ、娘と会う機会を、少しでも多く持っておきたかっただけなのである。
最近、私はふと、寂しさを感じるようになった。あと何年元気で生きてるんだろう?などと。
特に、この子が幼稚園や小学生の頃は病弱で医者通いが多く、楽しさを共有した記憶が無い。中学、高校はバレーボールの練習や試合で顔を合わせる機会が少なかった。大学は京都住まいで、家に帰ることなく結婚をしてしまったし。
 長女は、近いといっても神戸住まいだ。しかも、二人とも子供がいない・・・等と考えると、寂しさが募る。近頃、やたらと娘たちとの距離を縮めたく思うようになった。これが正に、『老いる』と、いうことなのだろうか・・・。
 
 店内で、ビュッフェ形式のランチをとりながら、人生について語り合った。
「お父さんと問題があった時、お母さんは投げ出さないでよく立ち向かったよね。あれは偉いと思うし尊敬もしたよ。感謝もしてる」と、マコが言った。そして
「娘として、今までに十分な事をしてもらったから、これからお母さんは、自分自身の事を考えてやりたい事をしていいよ」とも。その言葉の裏に、後の人生はまかせなさい!と、感じ取れた。
ウシッシッ・・・うれぴイ〜。頼もしい娘だ!と、内心ほくそ笑んだけれど、言わなかった。

 帰る時、待ってるお父さんにと、ケーキを用意してくれた。
家に着くと、「お若い方とのデートはいかがざんした?」と、主人が笑う。
「そりゃ〜楽しゅうございましたとも!」
二人で、ケーキをほおばりながら、諍いの無くなった今、ゆったりと流れるこの平穏な時間を、ずっとずっと永久に大切にしたいな、と、心から思った。


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